2005年04月22日
時間は、時々川の流れにたとえられる。

なぜなら「未来がやってくる。過去が去ってゆく」という
感覚を我々が持っているからだ。

しかし、一体何に対して流れているのか?
時間の流れが川の流れだとしても、対岸も周りの景色も存在しないのであれば
一体何が流れ、何が動いているのか・・

では例えば仮に、「時間の中を流れている自分」を
外から見ることが出来るような場面をイメージしてみよう。
ここに仮に、この世の中の出来事、そう、過去から未来まで全てを網羅した
一冊の本があるとしよう。「歴史年表」のようなものだ。
この本の中には「時間」があると言えるだろうか。

ただし我々は「今」しか感じることができない。
そして何よりも重要なことは、この「歴史年表」のどの瞬間だって
「今」になりえるってことだ。
レコードに針を落とすようにある時点を「今」としよう。
例えば・・2005年1月13日、とか。
するとその瞬間に1月12日は「過去」と呼ばれ、過ぎ去ったものとなる。
次に1月14日はいずれ来るものとして「未来」と呼ばれる。

これらのプロセスを経て、どうやら「時間」の概念は生まれるらしい。

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(この文章は、以前のブログから転載しました)
posted by Azot at 16:32 | ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | +時間論+
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