2005年05月09日
前回から引き続きのコーナーです。
http://azot.seesaa.net/article/3294465.html

**** 第二回は「携帯忠臣蔵」 ****

まず、何よりもタイトルのネーミングセンスが素晴らしいと思いませんか?
「携帯」と、「忠臣蔵」ですよ!?
けどなぜか二つ組み合わさるとさほど違和感がない。
「いちご大福」のごとき融合。

ま、それはいいとして。

この話、ストーリーも設定も粋で良いんですが
最高のポイントは「中井貴一」であること、なんです。
序盤はコメディでも最後に決めるときは決める。すばらしい!役者じゃないですか〜。
これはなんていうか、もう見てくれっとしか言いようがないんですけど
例えば最初は戸惑ってた携帯電話にどんどん慣れてくる大石内蔵助、とか面白いですね。
最後のほうでは現代人と全く同じように携帯を使いこなす!

笑えるシーンはいろいろあれど、途中から急に話はシリアスになります。
きっかけは大石からの一つの質問 −−「わしは、死ぬのか?」
自分の未来から電話がかかってきたときに、気になるのはそこでしょうね。
最期はどうなるのか?相手は知ってるわけです。その答えを。
大石はそれを知りたがりします。というか、推測します。
そして受け入れます。このことがまさに討ち入りを決意する原因となる。
…もちろんタイム・パラドックスなんですけどね。

おそらくこんなことを類推するのも私だけなんでしょうけど…
「自分の運命を受け入れること」という点において
この大石内蔵助と、マトリックスのネオはどこかでイメージがかぶる所があるんです。

もう一つ私が個人的に感じたのは、決意した大石内蔵助に集まる家来の姿。
このお話を頭から見たら、
「大石内蔵助、最初はダメなやつだったけど、変化したなぁ」
って思うじゃないですか。
けど、重要なのは大石本人がすごいとか実はすごくない…ではなくて
"その人の価値は周りが決める"
ってことではないかと思うんです。
私は自分の祖父が死んでしまったときに…まだ私が小学生のときですが…感動しました。
葬式に集まった人の多さに。
その時以来「人間は死んだ時に、価値が計られるのだ」と思っています。
大石内蔵助も、たとえあの討ち入りが最期の時となろうと
家来たちにその決意と行動を見せ付けたこと自体は価値としてずっと残るでしょう。
それこそが歴史に名を刻むってことなんでしょう。



真面目に語ってしまいました(笑)
次回は「チェス」の感想を書きます。
posted by Azot at 02:53 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | -Movie-
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。