2005年10月13日
今日はこの問いに自分なりに答えてみます。
けど実は簡単な答えなんです。
まず、答えから書きますね。

『人生に意味は、あります。けど、あなたにとってどうかはわかりません』

です。
なぜならこの質問はおそらく自分の中に向けられた質問となるからです。
各々が答えを持っているものなんじゃないでしょうか。
ここで一つ誤解を解きますね。
答えを出すものだとは言ってません。出すべきだとも言ってません。
答えがないならそれでいいんじゃないですか?

ここを一番伝えたいのでもう一度書きます。
「答えは人それぞれ持っているもの」
と言いたい訳ではないんです。

人生に意味を見出す人もいる。
肯定的に捉える人も、否定的に捉える人もいる。
意味を見出せない人もいる。どれも正しいのです。
その全て真実。ミスチルの「Any」みたいですね。
だからそれ以上でもそれ以下でもありません。

ちなみに私は「人生に意味がある」と肯定的に捉えます。
重要なのは、なぜ私がそのように考えるか、なんです。
それはそっちのほうが「楽」だからです。
私の物事を考える際の基本理念があります。
『人は楽なほうに流れる』
これです。実はこのことに関してはかなりの確信を持ってます。
先ほど、「肯定的に捉える人も、否定的に捉える人もいる」
と書きました。なぜか?そのほうが楽だからなんです。
肯定的な人は否定的な発想をする人が信じられないでしょう
けど、その人にとってはそっちのほうが楽なんです。きっと。
となると重要なのは「自分にとってどっちが楽か?」を見極めることです。
村上春樹の作品にもありました。

「うまいとか下手とか、器用だとか器用じゃないとか、
 そんなのはたいして重要じゃないのよ。
 私はそう思うわ。注意深くなる―それがいちばん大事なことよ。
 心を落ちつけて、いろんなものごとに注意深く耳を澄ませること」
 (スプートニクの恋人 より)


想像してみてください。
ある選択肢が目の前にあります。
ある選択を選ぶか、選ばないか。
あなたは決断を迫られます。
しかし仮にあなたが「選べなかった」としても
それは「選ばなかった」というだけのことです。
選ぶより選ばないほうが楽だったんですよ。
目の前の相手に何かを伝えたい。
けど言葉が上手く出てこない。
結果、何も言わなければ初めから何も言わないのと一緒です。
下手なことを言うより言わないほうが楽だったんですよ。


話が脱線しかけてますけど(笑)
ともかく私が言いたいことは、人は誰でも勝手に何かを選択していて
その通り動いてるだけだってことです。ただその現実があるだけです。
わかりますでしょうか。
いや、おれは意志を持って選択してるんだ、という人もいるでしょう。
その人は自分で人生に意味を与えられる人です。
流されるままに生きる人もいるでしょう。
その人は意味なんてあってもなくても良いんじゃないですか?
意味がないといけない、意味があるに違いない、なんてのは思い込みです。
たぶんそれは幸せや価値とかとはまったく違うところにあります。

人生に意味がないと生きてゆけない人もいます。
あったほうが生きやすい、つまり、楽だという人がいます。
けどその逆だってもちろんありえるんですよ。
だから生きる意味を理解しない人は、決して生きる価値がないわけではない。
決して不幸せなわけではない。
だって生きる意味を追求することは幸せなんでしょうか?
最近、そのように感じる出来事がありました。
また映画「π」にも通じるものがあると思ってます。


ちなみに、人生は「選択」か「運命」か、という話がありますね。
私たちは自らの自由意志で物事を選択しているのか?
それとも自由意志は幻想であって、実は全ては予め決まっているのか?
これに関してはまた気が向いたら書きます!
posted by Azot at 01:07 | 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | +思想の果て+
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/8051746
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。